Camp et al.(2011)`"On measuring and interpreting microtiming"
書誌情報
In Book(pp.95--110):
Emmenegger, C., & Senn, O. (2011). Five perspectives on "Body and Soul" and other contributions to music performance studies. Zurich: Chronos.
https://www.chronos-verlag.ch/node/20598
凡例
[]…原文
「」…原文の訳
【】…注釈、解釈、メモ
一言まとめ
音楽演奏は、楽譜通り・拍通りの機械的なものではなく、音楽表現や音楽構造の伝達のための、微細な時間変動が含まれている。このような演奏を分析する研究は数多く行われているが、その殆どが音の物理的な側面から分析している。例えば、演奏の音を、物理的な波形として視覚化し、「波形のゼロクロスの瞬間」など、音の物理的発生時刻を算出し、音と音の時間変動を見ている。だが、音の物理的発生時刻と、知覚的な音の発生時刻は異なると、様々な研究で明らかになっている(ここで直接引用されているのはMorton1976、Gordon1987/ あとは脚注にあり)。それらの知覚的な音の発生時刻の研究では、その時刻を一意に決めることができるモデルがまだ作られていない。現状、わかっていることは、知覚的な音の発生時刻は音の物理的な発生時刻と振幅エンベロープの最大値との間に位置すると言う事のみ【とCampは言う】。
そこで、本論では、知覚的な音の発生時刻("PMO")を扱う。実験として、楽器音を刺激とした同時調整課題(「2つの音を同期させるよう、すなわち音楽的に同時に聞こえるよう調整」させる実験手法)を行った。その結果、楽器音の"PMO"を決定する要因として、立ち上がり時間が重要であることが明らかになった。また、立ち上がり時間が長ければ長いほど、"PMO"の個人ごとのばらつきが増える[the less agreementon its PMO]ことも明らかになった。
【全体へのコメント】
- Campは"PMO"と称したが、同様の概念を扱う多くの研究で用いられている語ではなく、多くは"P-center"や"Perceptual attack time; PAT"を用いている。
そのため、以下では、Campが行た実験計画はGordonらの論文に従っているため、"Perceptual attack time; PAT"で統一する。 - 全体としての展開が若干弱く、全体の流れが曖昧にしかつかめなかった。
- 一つ一つの要素としてはとても面白いことをやっている。同様の研究をしたい人には全文を読むのをおすすめ。
- 結論として述べている「立ち上がり時間がPATを決定するのに重要」とのことへの根拠付けが少し甘いと感じた。
- PATが立ち上がり時間に応じてPATのばらつきが増加していくことはしっかり分析した論文が(知る限り)多くないので、意義深い。
- Camp(2011)が「振幅エンベロープ」と称するグラフは、図3の説明にあるように、縦軸の振幅はFS dB(ひょっとしたら-100を最小値、0を最大値としているのかも?)で、「1msの重複しない窓のRMSを用いて算出した」もの。
- 図3にて振幅エンベロープに各参加者の回答を重ねたグラフを提示している。この図はわかりやすく、かつ波形と参加者の回答を重ねて見られるため、とても面白い。
実験計画
- 参加者…40人。
- 刺激…ベース音を含めて8種([Click; Hi hat cymbals; Ride cymbals; Piano; Contrabass pizzicato; Viola arco; Violoncello arco; Violin sul tasto])。周波数はばらばら、立ち上がり時間は0ms~1.6s(約0,2,6,28,38,535,811,1666ms)、持続時間は、2ms~4.7s(2ms,260ms,とんで2.6s, 2.7s, 2.9s, 3.2s, 3.9s, 4.7s)、ラウドネスはそろえた
- 実験手法…同時調整(「2つの音を同期させるよう、すなわち音楽的に同時に聞こえるよう調整」させる実験手法)。
- 課題…全刺激の組み合わせではなく、それらから12個の組み合わせをピックアップ。各課題は以下。それぞれTest-Baseとなっている。
1: Click-Ride/ 2: Piano-Violin/ 3: Click-Viola/ 4: Contrabass-Piano/ 5: Click-Contrabass/ 6: Click-Piano/ 7: Ride-Contrabass/ 8: Click-Violoncello/ 9: Hi hat-Ride/ 10: Click-Violin/ 11: Violloncello-Viola/ 12: Click-Hi hat - その他…initial positionはランダムに決められた(その範囲についての記載なし)。調整の分解能は2段階、20msと1msであった。視覚情報は提示しなかった。
結果
- 有意ではなかったもの
the sequence of the task(疲れの効果なし)、実施時刻、実験実施所要時間、学部と修士、楽器経験年数 - 有意であったもの
男女差(効果が弱い)、刺激の組み合わせ、専攻楽器 - (5: Click-Contrabass/ 6: Click-Piano/ 7: Ride-Contrabass)において、Clickがテスト音の物理的発生時刻の前に位置付けられたことから、マスキングが生じていたのではないかと考察している
【両耳に分けて提示したと書いていないので、ひょっとしたらそれが問題】。 - (1)2つの楽器音の同時調整課題から得られた時間差と、(2)クリック音の課題から得られた時間差、を比較することで結果のクロスチェックを行った結果、算出された値の範囲は、3.0~8.7msであり、とても小さかった。
- Gordonらが結果を確率密度分布で表すと双峰分布になったと報告した。本研究ではカーネル密度関数で分布の曲線を得たが、単峰分布となった。それぞれの分布で、尖度、歪度、分散はそれぞれ異なっていた。【Gordonはどうやって確率密度関数を得たのだろうか】
- 立ち上がり時間の長い音はばらつきが大きかった。このことは、Gordonらの報告(パーカッシブな音と弦楽器音との課題、具体的立ち上がり時間で表せば、10ms以下と45ms以上の音との、同時調整は難しい)と一致する。
立ち上がり時間が長い音とクリック音との同調課題は近く判断の課題と言うよりもむしろ美的な判断の課題に近くなるのかもしれない。 - 音の立ち上がり時間と得られた結果の標準偏差の相関係数を計算したところr=.92,p<.001であった。
作成:20191129